性のお悩み解決隊!ets

ネットでみつけた性に関する「面白い話・・・?」や「役立つ情報・・・?」を独断と偏見で転載。

歴史の中の性

2006-02-25
25865.jpg ■処女と売春
処女という概念と売春は、いつどのように現れたのでしょうか。
日本において処女の強制や処女崇拝といった性規範は近代になって現れてきました。
それまで日本においては処女の純潔を少しも重んじないどころか、その概念もなかったようです。
つまり女性は離婚する自由があり、離婚してもその名誉を失うことなく再婚もできるし男性もそれを気にしないのが通常でした。また女性は夫や父の許可を得ることなく自由に行動することができ、財産の所有権も認められていました。経済的にも男女同権だったのです。

支配層では10世紀ころまで庶民層では12世紀ごろまで、夫が妻以外の女性と関係しても非難されないように妻も夫以外の男性と関係しても非難されませんでした。当然姦通という概念は無く、男女平等でした。女性も自分の性関係や結婚の相手を自由に選べたし、また気が変われば自分から離婚することができました。つまりどちらかが嫌になればすぐに別れることができたのです。自分の望まない性関係は当然拒否でき、女性の意向に反した性関係は行われませんでした。


このような社会では、売春は無かったということが言えます。売春とは女性にとってその意向に最も反した性行動ですから行われるはずがありませんでした。男女平等の社会では女性の性が男性の欲望の道具にされる状態にはならなかったのです。そこでの性愛は素朴でおおらかなものだったのです。

しかし支配層で家父長制度が現れ、少しずつ様相が変わってきました。まず妻の性が夫に独占され、結婚が持続化固定化するとともに、女性は自分の性関係の相手や結婚相手を自分で選べなくなりました。また経済的にも男女平等が崩壊していきます。そこで売春が発生しました。女性の意向に反した性関係の概念が一般化したからです。売春が制度化されたことを意味する廓が江戸時代に吉原に出現しました。(しかし他の国々に比べればずいぶん遅い発達のようです。)

近代に突入すると家父長制度も女性にはますます厳しさを増し、一切の権利を認めず処女性は絶対的なものになり売春の制度化も進みました。敗戦後家父長制度が崩壊し、日本は劇的な変化を迎えました。女性が家父長制度の奴隷から解放され、法制度では平等になりました。そして経済的にも豊かになり発言権も大きくなってきています。しかし今はまだ完全な男女同権とは言えませんが、女性の元気さを考えれば昔のような男女ともに性におおらかな時代が来ることは予想に難くなく、男性もよりいっそうの奮闘努力が必要でしょう。

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